歴史写真館

明治中期ころの写真。
旗専門業者としては京都で最初でした。看板の「フラフ」とはflag(旗)のこと。 この当時はまだ西洞院の方に店鋪がありました。

大正初期ころの写真。
この頃は旗の他、洋反物も扱っていました。看板に「ふくりんや」の文字が見えます。「店員でっち入用」の貼り紙があります。従業員を募集していたようです。この当時は「でっち」という言葉がまだ生きていました。

大正後期ころの写真。
看板の「フラフ」とはflag(旗)のこと。四条の現在の場所(四条西洞院)に移転しました。配達用の自転車が停まっています。 この当時はまだ「平岡国旗店」でした。

大正後期ころの写真。
洋風建築に建て替えました。屋上の手すりがありますが、鉄製だったため、戦時中に供出に出してしまいました。

大正末期ころの写真。
西隣の敷地に店鋪を増築。停まっている車はパッカード。ナンバーは「京134」。まだ京都にも車が少ない時代でした。

大正末期ころの写真。
東隣の敷地にも店鋪を増築しました。道路に路面電車の軌道が見えます。この当時は四条通にも路面電車が走っていました。

昭和初期ころの写真。
戦時色濃い時代。現社長の父の出征時の写真。両翼の建物を改築し、もとからあった店鋪と一体化しました。この後、屋上の手すりは供出に出されて、なくなります。

昭和中期ころの写真。
現在のビルに建て替える前の店鋪です。この時には「平岡旗製造株式会社」になっています。

現在の社屋です。

伝統と信頼の平岡ブランド

70年以上前にお作りしたものが修理として持ち込まれたり、100年近く前のものをまだ使ってくださってたりという事が時々あります。戦前には市内のあらゆる電柱にホーロー製の看板を貼り付けていたようです。この看板は知り合いの会社の倉庫から出てきました。